2026年9月03日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに|7万9800円。掃除機ではありません。歯ブラシです
こんにちは。ブランデンタルクリニックの歯科衛生士です。
2026年9月2日、ダイソンが日本で新しいオーラルケア製品「Dyson CameraJet™ フロッサー付き電動歯ブラシ」を正式発表しました。
価格は、税込79,800円。
掃除機ではありません。
ドライヤーでもありません。
空気清浄機でもありません。
歯ブラシです。
しかも、ただ振動するだけではありません。
ブラシヘッド付近には10万ピクセルのマクロレンズカメラ。
毎秒28枚の画像を解析。
機械学習アルゴリズムで歯と歯のすき間を見つける。
そして狙った場所へ、最短0.1秒でジェット水流を届ける。
Wi-FiとBluetoothにも対応し、MyDyson™アプリでは口の中をライブ表示できます。
つまり2026年、ついに歯ブラシが「見る→見極める→撃つ」を始めました。
しかもダイソンによると、開発期間は6年。開発には661人のエンジニアが関わり、機械学習には47万枚の歯科画像を使用。CameraJetは約1,600万行のコードで動作すると説明されています。
歯ブラシ1本に661人です。
朝、半分寝ながら口に入れている道具の裏で1,600万行のコードが動いていると思うと、こちらも少し姿勢を正したくなります。
歯ブラシ、お前はいつからそんな大仕事をするようになったんだ。

ただし、ここで「高い!」「すごい!」「欲しい!」だけで終わると、歯科衛生士の日誌としては少しもったいない。
私はこの記事を書いている時点でCameraJetの実機を使用していません。したがって、これは使用感を評価する実機レビューではありません。
ダイソンが公開している資料だけでなく、ウォーターフロッサー、電動歯ブラシ、カメラ付き歯ブラシ、視覚フィードバック、歯間清掃、フッ化物などの研究まで確認し、「79,800円の歯ブラシは、歯科的に見ると何が新しく、何がまだ分からないのか」を考えてみます。
正直なところ、調べ始める前はかなり笑っていました。
ところが資料を読み進めると、意外なほど歯科が昔から悩んできた問題を真面目に攻めている製品でした。
CameraJetは何をしている?「見る→見つける→ジェットする」
まず仕組みを整理します。
CameraJetには約1mmの口腔内カメラが搭載され、10万ピクセルのマクロレンズで口腔内を撮影します。
その画像を毎秒28枚解析し、ダイソンのGap Optical Targeting™が歯と歯のすき間を認識・追跡します。
歯間を検出すると、ダイヤフラムポンプから円すい状に広がる「コニカルジェット」を噴射します。日本公式では、狙った箇所へ最短0.1秒でジェット水流を届けると説明されています。

モードによって、ブラッシングのみ、ジェットを組み合わせた清掃などを使い分けることができ、MyDyson™アプリではライブ映像、ブラッシング範囲のマッピング、清掃履歴やフィードバックなども確認できます。
かなり乱暴にまとめるなら、
- 電動歯ブラシ
- ウォーターフロッサー
- 口腔内カメラ
- ブラッシング指導アプリ
- マウスリンス供給装置
を、一本へ押し込もうとした機械とも言えます。
でも「AIが虫歯を見つける歯ブラシ」ではありません
ここは最初に線を引いておきたいところです。
「口腔内カメラ」「AI」「機械学習」「スマホでライブ表示」。
ここまで並ぶと、
「虫歯まで見つけてくれるの?」
「歯周病も診断してくれる?」
と思う方もいるかもしれません。
しかし、現在ダイソンがCameraJetで説明しているAIの中心的な役割は、歯間を認識してジェットを作動させることです。
虫歯を確定診断するAIではありません。
歯周ポケットを測る機械でもありません。
歯槽骨の状態を見ることもできません。
レントゲンも撮れません。
もちろん歯石を除去する機械でもありません。
AIの2文字を足しても、歯ブラシからレントゲンは生えてきません。
口の中をカメラで「見る」ことと、歯科疾患を「診断する」ことは別です。
ただ、診断装置ではなく、自分の磨き方を助けるセンサーや鏡として考えると、このカメラには別の意味が見えてきます。
「水を出しながら磨く歯ブラシ」なら、歯科界にも先輩がいました
CameraJetを最初に見たとき、私は「歯ブラシから液体を出しながら磨くなんて、よくそんなことを思いついたな」と思いました。
ところが歯科の資料を調べてみると、似た方向を研究していた先輩がいました。
第61回日本小児歯科学会大会では、井上吉登氏らが「給排水機能付き音波歯ブラシの流水量変化による歯面洗浄効果」を報告しています。
これは音波式電動歯ブラシと水流型洗浄器を利用して作った実験装置で、人工プラークを塗った歯列模型を10秒間清掃した研究です。
10秒間の給排水量を13mL、34mL、50mL、67mLと変えると、人工プラーク除去率の平均はそれぞれ11.7%、21.3%、29.7%、47.9%でした。
給排水量が増えるほど人工プラーク除去率が高まる傾向がみられています。
ただし、これは模型と人工プラークによる学会発表です。CameraJetを人が使った臨床試験ではありません。
ここから言えるのは、CameraJetと同じ数字が出るということではなく、「ブラシ+水流で清掃を補助する」という研究テーマ自体は以前から歯科で考えられていたということです。
ダイソンさん、突然とんでもないことを始めたと思ったら、歯科界にも先輩がいました。
ダイソンは人工歯垢まで作った|NUSと5年間かけたコニカルジェット研究
CameraJetのジェットは、細い一本の水流ではありません。
円すい状に広がる「コニカルジェット」です。
では、なぜわざわざ円すい状にしたのでしょうか。
ダイソンはシンガポール国立大学(National University of Singapore:NUS)歯学部と5年間の共同研究を行い、ジェットの清掃性能を評価するための独自のproxy plaque(人工的な歯垢モデル)を開発したと説明しています。
ダイソンのラボ試験では、細い針状のジェットは人工歯垢を点で捉えやすい一方、コニカルジェットではより広い範囲へ液体を作用させる設計としています。
ここも大切なのは、NUSとの共同研究=CameraJetの臨床効果が大学によって証明されたという意味ではないことです。
これは製品開発に使われたラボ評価です。
人の口の中で、普通のウォーターフロッサーよりどれだけ優れるのか、長期間使ったとき歯肉炎や歯周炎へどの程度差が出るのかとは、別の問いになります。
ただ、単に「見た目が未来的だから円すいにしました」という話ではなく、ジェット形状そのものをかなり真面目に検討していることは分かります。
さらに「カメラ付き歯ブラシ」のRCTまで、すでにありました
では、そもそも歯ブラシにカメラを付ける意味はあるのでしょうか。
こちらもCameraJetより前に研究があります。
2020年にAkifusa氏らが報告したランダム化比較試験では、ブラシヘッドにカメラを組み込んだ電動歯ブラシを使い、QLF-Dという技術でプラークの赤色蛍光をリアルタイム表示しながら磨く方法が検討されています。
対象は20人。10人は映像をモニターで確認しながらブラッシングし、もう10人は同じ電動歯ブラシを使いますが、モニターを見ずに磨きました。
1週間後、映像を見ながら磨いた群ではプラーク評価指標が改善し、変化量にも群間差が認められました。

ここは混同してはいけません。
2020年の研究は歯垢そのものを見せるカメラです。
CameraJetは歯間を見つけてジェットを制御するカメラです。
したがって、このRCTがCameraJetそのものの有効性を証明しているわけではありません。
でも「歯ブラシにカメラを付け、視覚情報をセルフケアへ利用する」という発想自体には、すでに臨床研究があります。
「スマート歯ブラシ+アプリ」の研究では、清掃力だけでない価値も見えてきます
第61回日本小児歯科学会大会には、6~12歳の小児68人を対象とし、電動歯ブラシ、スマート歯ブラシ、手用歯ブラシを比較したランダム化研究の学会発表抄録もあります。
スマート歯ブラシ群では口腔衛生指標の改善がみられましたが、3群間の差は統計学的には有意ではありませんでした。
その一方で、スマート歯ブラシ群では「口腔衛生に役立った」「続けて使いたい」という反応が多く、ブラッシング時間や口腔衛生への態度も改善しています。
つまり、スマート機能の価値は「一回で何%多く歯垢を取れるか」だけではない可能性があります。
なお、この研究は小児を対象にした先行研究であり、CameraJetそのものの対象年齢を示したものではありません。ダイソンはCameraJetを18歳以上向けと案内しています。
CameraJetの最大の敵は、歯垢ではなく「面倒くさい」なのでは?
歯科衛生士をしていると、患者さんから、
「フロスを使った方がいいのは分かっています」
と言われることがあります。
そうです。
分かっている。
でもケースから出す。
必要な長さを取る。
指に巻く。
奥歯へ通す。
左右の歯面へ沿わせる。
疲れている夜には、
「まあ今日はいいか」
となる。
ここは機械の清掃性能だけでは解決しない、人間側の問題です。
CameraJetならブラッシングを始めると、カメラが歯間を探し、認識した位置へジェットを作動させます。
つまり、歯間清掃を「あとでやる別作業」にしないことが大きな狙いの一つと考えられます。
歯周基本治療でも、患者さん自身によるプラークコントロールにはモチベーションが重要で、時間とともに低下するため繰り返し支援する必要があります。
そう考えると、
歯ブラシ界のラスボスは歯垢ではなく「三日坊主」なのかもしれません。
CameraJetは、そこを工学で攻略しようとしているようにも見えます。
でも水流は、本当に糸フロスの代わりになる?
CameraJetには「フロッサー付き」と名前が付いています。
そうすると、
「もう糸フロスはいらないの?」
と思いますよね。
ここは、そんなに単純ではありません。
2023年にEdlund氏らが報告したシステマティックレビュー・メタ解析では、電動式の歯間清掃器具について16件のランダム化比較試験、最終評価1,258人のデータが解析されています。
水流型の歯間清掃器を歯磨きへ追加すると、歯磨きだけの場合より歯間部の出血は少なくなった一方で、歯間プラークについて明確な追加効果は示されませんでした。
また「歯磨き+フロス」と比べると、水流型などの電動歯間清掃器具は、歯間プラークや出血についておおむね同程度でした。
つまり、
「水流なんて意味がない」でもない。
「糸フロスの完全上位互換」でもない。
この中間です。
歯間はすべて同じ形ではありません。
- 歯と歯の接触がきつい場所
- 歯ぐきが下がって広く開いた場所
- ブラックトライアングル
- ブリッジの下
- インプラント周囲
- 根分岐部
- 矯正装置の周囲
では、必要な清掃用具が違うことがあります。
歯間が開いた場所の清掃については、ブラックトライアングルができた歯間はどう磨く?歯間ブラシ・フロスの選び方とサイズの合わせ方でも詳しく解説しています。
CameraJetが便利だったとしても、「この1本ですべての人の全歯間を完全攻略」とまでは考えない方がよいでしょう。

しかも矯正中は、ダイソン自身も「全部オートで終了」とは言っていません
さらに面白いのが歯列矯正中の扱いです。
ダイソン日本公式では、矯正中はCameraJetをブラッシングのみのモードで使用したうえで、その後に手動で歯間清掃を行い、矯正歯科医の指示に従うよう案内しています。
つまりメーカー自身も、
「CameraJetを口に入れれば、どんな口でも全部お任せで終わり」
とは言っていません。
糸フロスさん。
公式からも、まだ解雇通知は出ていません。
「ブラシ+ウォーターフロッサー一体型」には105人のRCTがあります
CameraJetに比較的近い構造を持つ先行製品として、Waterpik Sonic-Fusionがあります。
これは音波歯ブラシとウォーターフロッサーを一体化した製品です。
2023年のランダム化比較試験では、歯肉炎がある成人105人を、Sonic-Fusionの2種類のブラシヘッド群と、手用歯ブラシ+糸フロス群に分けて4週間比較しています。
Sonic-Fusion群では、全顎および隣接面のBOP、歯肉炎症指標、プラーク指数で、手用歯ブラシ+糸フロス群より良好な結果が示されました。
一方、この研究にはWater Pik社の研究助成があります。
企業資金の研究だから無効という意味ではありませんが、製品評価では研究デザインとともに利益相反も確認しておきたいところです。
そして当然ですが、この研究はCameraJetそのものを評価したものではありません。
ここから分かるのは、「ブラシと水流を一台へ統合する」という考え方自体にはCameraJet以前から臨床研究があるということです。
ではCameraJetそのものの臨床試験は?|あります。でもここから脚注沼です
ここが一番慎重に読みたいところです。
CameraJetそのものにも企業が実施した臨床試験があります。
日本のダイソン公式では、71人を対象に、1日2回、4週間使用した臨床試験を案内しています。
CameraJet群では、CameraJetにダイソン製歯磨剤とダイソン製マウスリンスを併用。
比較対象は、ダイソン製歯磨剤を使用した手磨きです。
なお、この試験に使用されたダイソン製歯磨剤・マウスリンスは2026年9月時点で日本未発売です。
日本公式では、この試験を根拠として、歯ぐきの状態を評価する臨床指標で「13倍高い結果」、2週間後には「2倍の結果」と表示しています。
13倍。
かなり大きな数字です。
でも、こういう大きな数字を見ると、私は数字より先に脚注を読みたくなります。
71人?60人?204人?価格の次は被験者数で二度見しました
資料を追うと、少し複雑になります。
日本公式は、71人・4週間。
一方、米国ダイソン公式には、204人・6週間・1日2回・Brush+Auto-jetモード対手用歯ブラシという臨床試験条件が掲載されています。
そして米国美容メディアAllureは、ダイソンから提供されたCameraJetの臨床試験データとして、60人・4週間と報じています。

71人のうち60人が解析対象だった可能性もあります。
まったく別の試験である可能性もあります。
米国の204人はさらに別の臨床試験かもしれません。
しかし、2026年9月3日時点で確認できる公開情報だけから、その関係を確定することはできませんでした。
ですから、
「人数が違うから怪しい」
と決めつけるのも違います。
一方で、完全な試験報告や査読論文が公開されれば、登録人数、解析対象、脱落、評価項目、統計解析まで確認したいところです。
価格79,800円を見て二度見。
臨床試験の人数を見て、また二度見。
今回、二度見が忙しいです。
Allureが報じた数字も見る。ただし「13倍の正体」とは断定しません
Allureは、ダイソンから提供された60人・4週間の臨床データとして、4週間後にCameraJet使用者の17%、手磨き群の9%で歯肉炎症の減少がみられたと報じています。
また、歯肉出血の減少は65%対37%、「健康な歯ぐき」へ移行した割合は74%対6%、プラーク減少は19%対12%とされています。
ここでいう「健康な歯ぐき」は、プロービングした部位のうち出血する部位が10%未満となった状態として説明されています。
74%対6%という非常に大きな差は、日本公式の「13倍」という表示を連想させます。
ただし、同じ評価項目・同じ解析から導かれた13倍なのかどうかは、公開資料から確認できません。
数字が近いからといって「13倍の正体はこれだ」と断定しない方が安全です。
ここで大切なのは、
「○倍」と書いてあったら、何が○倍なのかを見る。
ということです。
13倍歯垢が取れた、という意味ではありません。
13倍白くなった、という意味でもありません。
評価項目、比較対象、期間、使用製品まで確認しなければ、数字だけが一人歩きしてしまいます。
そして最大の注意点|「CameraJetだけ」の効果を測った試験ではありません
日本公式の71人・4週間試験で、もう一つ重要なのが比較条件です。
CameraJet群は、
- CameraJet
- ダイソン製歯磨剤
- ダイソン製マウスリンス
を使用しています。
一方、対照群は、
- 手用歯ブラシ
- ダイソン製歯磨剤
です。
つまり、この比較だけから、
- 電動ブラシ部分の効果
- カメラによる効果
- AIによる歯間検出の効果
- ジェットの効果
- マウスリンスの効果
を別々に取り出すことはできません。
したがって、「CameraJetのカメラが歯ぐきを13倍健康にした」という読み方は適切ではありません。
現時点では、CameraJetとダイソン製剤を組み合わせたシステムが、指定された条件下で手磨き群より良い歯肉指標を示した、と理解する方が正確です。
「最大69%多く歯垢除去」も、13倍とはまったく別の数字です
CameraJetには、もう一つ非常に目立つ数字があります。
「主要な電動歯ブラシと比較して最大69%多くの歯垢を除去」
これも脚注を確認します。
すると、この69%は先ほどの71人・4週間の臨床試験ではありません。
ブラッシングのみのデイリークリーニングモードを使ったラボ試験で、2026年6月時点で市場価格200米ドル以上の主要なプレミアム電動歯ブラシと比較した数字です。
つまり、
13倍=歯ぐきの臨床指標。ただし手磨きとの比較で、マウスリンス併用条件。
69%=ブラシ単独のプラーク除去。プレミアム電動歯ブラシとのラボ比較。
です。
これをごちゃ混ぜにして、
「CameraJetを使えば他の電動歯ブラシより臨床的に69%良く、歯ぐきも13倍良くなる」
とは読めません。

広告の大きな数字を見るときは、数字より下にある小さな文字の方が大切なことがあります。
「歯周ポケットの歯垢を除去」は、どこまで言える?
歯周病を扱う歯科衛生士として、もう一つ気になった表現があります。
日本公式ページでは、CameraJetについて「歯周ポケットの歯垢を除去」と記載されています。
では、6mm、7mmの深い歯周ポケットの底まで家庭用ジェットが届き、縁下バイオフィルムや歯石まできれいにしてくれるのでしょうか。
ここは、そこまで広げて解釈しない方がいいでしょう。
日本公式の「歯周ポケットの歯垢を除去」という表示に付いた脚注15は、「実際の使用条件により異なる場合があります」という内容です。
公開されている製品ページだけでは、何mmのポケットをどの条件で評価したのか、縁下プラークをどのように測定したのかまでは分かりません。
一方、水流そのものが歯周ポケットへどの程度入るかについては古くから研究があります。
1986年のEakle氏らの研究では、歯肉縁付近から口腔洗浄器を使用した場合、液体の到達は歯周ポケット深さの44~71%で、平均するとおよそ半分程度まで到達すると報告されています。
ただし、ここで測定されたのは液体がどこまで到達したかです。
その深さまで付着しているバイオフィルムが同じ割合で除去されたことを示した研究ではありません。
したがって、
「水流は歯周ポケットへまったく入らない」
も正しくありません。
しかし、
「家庭用ジェットで深いポケットの歯石や縁下バイオフィルムを全部除去できる」
とも言えません。
深い歯周ポケットのセルフケアについては、歯周ポケットが6mm・7mmある場所はどう磨く?歯ブラシを奥まで押し込まない毛先の当て方でも詳しく解説しています。
CameraJetが79,800円でも、歯石取りまで自動化されたわけではありません。
カメラがあれば完璧に磨ける?|2025年のRCTは「そう簡単でもない」と教えてくれます
ここまで読むと、
「だったら毎日スマホで口の中を見ながら磨けば、誰でも完璧になるのでは?」
と思うかもしれません。
ところが、視覚フィードバックについては結果が一方向ではありません。
2025年にTytgat氏らが報告した歯周炎患者を対象とするRCTでは、60人を、手用歯ブラシ、電動歯ブラシ、毎日の視覚フィードバック付き電動歯ブラシの3群へ割り付け、53人が12週間を完遂しました。
プラークスコアは3群すべてで大きく低下しました。
視覚フィードバック群は63.04%から26.25%まで低下しましたが、統計解析では、3群間のプラーク除去効果に有意差は認められませんでした。
つまり、
スマホで見える。
AIが教える。
だから必ず他の方法を圧倒する。
とは限りません。
カメラやアプリは補助にはなっても、「持てば100点」になる魔法の機能ではないということです。
人間は「磨けていない」と分かっていても、そこを磨けないことがあります
ここで、別の国内研究がつながります。
左近帆乃佳氏、前田耕助氏による2023年の研究では、非利き手で歯磨きを行ったときの磨き残しが調べられています。
対象者は「奥歯」「歯の裏側」などについて、自分でも磨けていない感じがすると答えていました。
そして実際、そのような部位に磨き残しが多くみられました。
つまり、
「ここが磨けていない」と分かっていても、正しい動作へつながるとは限らない。
同論文では、鏡などを使った視覚的フィードバックによって、磨き残しやブラッシング動作を改善できる可能性も論じられています。
こう考えると、私はCameraJetのライブカメラを、家庭用診断装置というより、
「79,800円のものすごく高性能な鏡」
くらいに考えると分かりやすいと思います。
「全部磨いた」と思っているのに、画面を見ると一度もブラシが行っていない場所がある。
それに気づけるなら、カメラには意味があります。
ただし661人のエンジニアが作っても、最後に動かすのは人間です
以前の国内研究でも、電動・音波歯ブラシは手用歯ブラシより良好なプラーク除去を示す研究がある一方、有意な差を示さない研究もあり、清掃効果はヘッドの形態や機能だけでなく、使用者の経験や熟練度にも左右されると整理されています。
これはCameraJetにも当てはまるでしょう。
661人のエンジニアが開発しても、
47万枚の画像を学習しても、
1,600万行のコードを書いても、
最後に口へ入れて動かすのは、人間です。
当てる場所。
動かす速度。
ブラシへの圧。
使用時間。
これらが完全に消えるわけではありません。
電動歯ブラシの当て方については、電動歯ブラシの正しい使い方|歯ぐきを傷めない押しつけ方・当てる角度・動かし方も参考にしてください。
「8万円だから8倍きれいになる」
という計算式はありません。
残念ながら、歯垢はレシートを読んでくれません。
泡が多いとカメラが見えない|ついに歯ブラシ側が歯磨き粉へ注文を付け始めました
CameraJetにはカメラがあります。
ということは、カメラの前が泡だらけでは困ります。
ダイソンはCameraJetで無発泡歯磨剤を使用する方法を案内しており、自社でもCameraJet向けの無発泡歯磨剤と低発泡マウスリンスを開発しています。
ダイソンの説明では、その歯磨剤はSLSを使用しない処方です。
ついに、
「人間が歯磨き粉を選ぶ」だけでなく、「カメラが見える歯磨き粉を選ぶ」
時代が来ました。
歯ブラシ側から、
「すみません、泡が多いと前が見えないんですけど」
と言われているようなものです。
ちなみにSLS(ラウリル硫酸ナトリウム)は、歯磨剤に使われる代表的な発泡性界面活性剤の一つです。
2025年には、SLS含有歯磨剤による口腔粘膜剥離が疑われ、SLSを含まない製品への変更後に症状が消失した国内症例も報告されています。
ただし、ここは混同しないでください。
CameraJetが無発泡・SLS非配合歯磨剤を採用する主な理由は、カメラの視認性を確保するためです。
「SLSが危険だからCameraJetが避けた」という意味ではありません。
SLSや香味が気になる方は、口内炎を繰り返す人へ|歯磨き粉の発泡剤(SLS)・ミントなどの香味を見直すポイントでも詳しく解説しています。
マウスリンスをジェットするなら「フッ素はどうなる?」
ここから少しマニアックになります。
CameraJetは12.5mLのタンクから、水またはマウスリンスを供給できる設計です。
ダイソンが開発した歯磨剤とマウスリンスには、いずれもフッ化ナトリウムが含まれると説明されています。
そこで歯科衛生士として気になるのが、
「歯磨きと同時に液体をジェットしたとき、口の中のフッ化物は最終的にどう残るのだろう?」
という点です。
以前国内で行われた小規模研究では、1450ppmFのフッ化物配合歯磨剤を使用した後、洗口しなかった場合のブラッシング直後の唾液中フッ化物イオン濃度は平均73.2ppmでした。
一方、25mLの水で洗口した場合は8.90ppmでした。
この研究では、口腔内へフッ化物を長く残す観点から、高濃度フッ化物配合歯磨剤を使用し、できるだけ洗口を少なくすることが考察されています。
では、
「CameraJetは液体を出すからフッ素を洗い流してしまう。だからダメ」
なのでしょうか。
そんなことは言えません。
コップの水で口全体を洗口することと、狙った歯間へ少量の液体を噴射することは同じではありません。
しかもダイソンの専用マウスリンス自体にフッ化ナトリウムが含まれています。
本当に知りたいのは、
- 一回の清掃で実際に噴射される総量
- 歯磨剤とマウスリンスのフッ化物濃度
- 終了後の唾液・歯面へのフッ化物残留
- 長期間使った場合のう蝕予防への影響
です。
このあたりは、今後ぜひCameraJet固有のデータを見てみたいところです。
フッ化物配合歯磨剤とフッ化物洗口をどう使い分けるかについては、1450ppmの歯磨き粉を使っていてもフッ素洗口は必要?併用・タイミング・濃度も参考にしてください。
「口の中をライブ中継」って大丈夫?カメラのプライバシーも確認しました
カメラ付き歯ブラシと聞いて、
「口の中の映像がダイソンへ送られるの?」
と気になる方もいると思います。
メーカー説明によると、カメラはAuto-jetやライブ表示など必要な機能を使用しているときだけ作動し、作動中は白色ライトで分かるようになっています。
ライブ画像はリアルタイムでアプリへストリーミングされますが、ダイソンは本体やアプリへ保存されず、クラウドにもアップロードされず、ダイソンや第三者もアクセスできないと説明しています。
つまりメーカー仕様どおりであれば、CameraJetは、
「歯ブラシが口の中を監視して、その映像を会社へため込む機械」
ではありません。
それでも2026年に「歯ブラシのプライバシー」を考えることになるとは、少し前には想像していませんでした。
セルフケア工程は減る。でも79,800円の機械には79,800円なりのお世話があります
CameraJetについて、ここまで「歯磨きと歯間清掃を一つにできる」という便利さをかなり評価してきました。
しかし公平に見るなら、逆方向の手間も確認しておく必要があります。
ダイソン日本公式は、CameraJetを使用後毎回お手入れするよう案内しています。
ブラシヘッドとタンクを外して洗い、ノズルから液体が出なくなるまでジェットボタンを長押しし、本体をすすぎ、各部品を自然乾燥させます。
つまり、
セルフケア工程は圧縮した。
でも、
機械のメンテナンス工程は増えました。
フロスをケースから出す手間は減るかもしれません。
その代わり、使用後にはタンクとノズルを洗う。
79,800円の機械には、79,800円の機械なりのお世話があります。
「続けやすさ」を評価するなら、清掃中の便利さだけでなく、使用後のお手入れまで含めて自分が毎日続けられるかを見るべきでしょう。
100年以上前は豚毛と牛の骨。2026年はAIとカメラとWi-Fi
ここで少し休憩しましょう。
日本の歯ブラシ史を扱った資料では、1914年に中国産の豚毛を植毛し、柄に牛の脛骨を使った国産歯ブラシが市販されたと紹介されています。
当時は大変高価な製品だったそうです。
1950年にはナイロン毛と合成樹脂を使った歯ブラシが登場し、大量生産へ進みました。
そこから、
1914年。
豚毛+牛の骨。
1950年。
ナイロン+合成樹脂。
その後、電動。
音波。
圧センサー。
Bluetooth。
スマートフォンアプリ。
そして2026年。
10万ピクセルのカメラ+機械学習+Wi-Fi+歯間自動認識+ジェット。
100年ちょっとの間に、何があった。
歯ブラシ、お前どこへ行くんだ。

ただ、不思議なことに、歯ブラシの本質は100年以上たってもそれほど変わっていません。
歯面へ毛先を当てる。
プラークを除去する。
それを毎日繰り返す。
最新のCameraJetですら、この基本から逃げることはできません。
では79,800円。結局、何にお金を払っているの?
ここまで調べたところで、最初の79,800円へ戻ります。
高い。
これは間違いありません。
普通の歯ブラシが何本買えるかは、あえて計算しないことにします。
悲しくなるので。
でもCameraJetの価格を、
「毛の付いた棒が79,800円」
とだけ考えるのも少し違います。
CameraJetへ支払っているものを分解すると、
- 電動ブラッシング
- 歯間検出
- ジェットによる歯間清掃
- マウスリンス供給
- リアルタイム口腔内カメラ
- ブラッシング範囲の記録
- フィードバック
- アプリ連携
そして何より、
「別々だったセルフケア工程を、一つの流れへまとめること」
に大きな価値が置かれているように見えます。

セルフケア用品は、研究上の最大性能だけで評価できません。
どれだけ優れたフロスでも、洗面台の引き出しに半年眠っていれば、歯垢は1mgも取ってくれません。
反対に、
「面白いから毎日使いたくなる」
「歯磨きと一緒だから歯間清掃も続けられる」
となるなら、その人にとっての価値は単純なプラーク除去率だけでは測れないかもしれません。
CameraJetが向きそうな人、オーバースペックになりそうな人
現時点で考えると、CameraJetの価値を感じやすそうなのは、次のような方です。
- フロスが必要なのは分かっているけれど続かない
- 歯磨きと歯間清掃を一連の動作にしたい
- どこを磨いたか視覚的に確認したい
- アプリやデータがある方がセルフケアを続けやすい
- 新しいガジェットを使うこと自体がモチベーションになる
- 使用後のお手入れも含めて機械を管理できる
一方で、
- すでに手用または電動歯ブラシを適切に使えている
- 毎日フロスや歯間ブラシも問題なく続けている
- スマートフォン連携を必要としていない
- 機器の洗浄や充電、タンク管理を増やしたくない
という方では、「これがなければ口腔衛生を維持できない」という機械ではないでしょう。
必要性と、欲しい気持ちは別です。
私も調べれば調べるほど実物を見てみたくなっていますが、これは必要性とは別の感情です。
最初は笑っていた。でも「ただのネタ家電」ではありませんでした
最初の質問へ戻ります。
7万9800円の歯ブラシに、カメラは必要なのか?
普通に歯を磨くだけなら、なくても磨けます。
人類は長い間、カメラなしで歯を磨いてきました。
でもCameraJetの場合、カメラは単に、
「口の中をスマートフォンで見て楽しむ」
ためだけについているわけではありません。
カメラが歯間を認識する。
位置を追跡する。
ジェットを作動させる。
つまり、カメラが機械の制御そのものに使われています。
そして調べてみると、
- 水流を利用する歯ブラシの研究がある
- ウォーターフロッサーのRCTやメタ解析がある
- ブラシ+ウォーターフロッサー一体型のRCTがある
- カメラ付き電動歯ブラシのRCTがある
- 視覚フィードバックのRCTがある
- スマート歯ブラシとアプリの研究がある
- 歯間清掃をどう習慣化するかという問題が昔からある
ということが分かります。
つまりCameraJetは、何もないところから突然生まれたSF歯ブラシではありません。
歯科で別々に研究されてきた、
「ブラッシング」
「水流」
「歯間清掃」
「画像」
「視覚フィードバック」
「行動支援」
を、家電メーカーが一本のハンドルへまとめてきた。
私は調べ終わった今、そんな製品に見えています。
ただし「CameraJetそのもの」のエビデンスは、これからもっと見たい
ここは最後まで大切です。
CameraJetには企業による臨床試験があります。
しかし2026年9月3日時点で確認できた範囲では、Dyson CameraJetそのものの臨床効果を詳細に報告した査読済み論文までは確認できませんでした。
日本公式には71人・4週間。
米国公式には204人・6週間。
Allureがダイソン提供データとして紹介したものは60人・4週間。
今後、完全な研究報告が公開されたら、ぜひ確認したいところです。
さらに知りたいことはたくさんあります。
- 通常の高性能電動歯ブラシ+適切なフロスとの直接比較
- AIによる歯間自動検出が、手動ウォーターフロッサーより臨床結果を改善するか
- 半年、1年と使用した場合も差が続くか
- 購入直後だけでなく長期間使い続けてもらえるか
- 虫歯や歯周炎の発症・進行へ長期的な差が出るか
- 深い歯周ポケットではどの程度の清掃効果があるか
- 専用歯磨剤・マウスリンス使用時のフッ化物残留
です。
新しい製品を見るときは、
「研究があるか、ないか」
だけでは十分ではありません。
- 何を調べた研究なのか
- 誰と比較したのか
- ヒトなのか模型なのか
- 何人なのか
- 何週間なのか
- 企業試験なのか第三者研究なのか
- 査読論文まで公開されているのか
まで見る必要があります。
CameraJetは、その意味でも非常に面白い教材になりました。
今日の日誌の結論|必要かどうかは人による。でも、本気で作った変な歯ブラシです
というわけで、Dyson CameraJet。
79,800円。
10万ピクセルカメラ。
毎秒28画像。
機械学習。
歯間自動検出。
最短0.1秒でジェット。
Wi-Fi。
スマートフォンでライブ映像。
そしてその裏には、6年の開発、661人のエンジニア、47万枚の歯科画像、約1,600万行のコードがあります。
最初は、
「ダイソン、今度は何を始めたんですか」
と思いました。
調べ終わった今でも、半分くらいはそう思っています。
でも残り半分は、
「これ、歯科衛生士がずっと困ってきた問題をかなり真面目に解こうとしているな」
です。
私たちは毎日、
「歯と歯の間も清掃しましょう」
「奥歯の内側を忘れないでください」
「強く押しすぎないでください」
「毎日続けましょう」
とお話ししています。
そのうち、歯間は機械が探す。
ジェットする場所も機械が判断する。
磨いた範囲はアプリが記録する。
口の中はカメラで確認する。
そんな時代になるのかもしれません。
ただし最後に。
79,800円払っても、虫歯は治りません。
歯石は取れません。
歯周ポケットは測れません。
レントゲンも撮れません。
歯科医院へ行かなくてよくなる機械でもありません。
そしてフロスや歯間ブラシが必要な場所まで、世界から消えたわけでもありません。
でも、今まで「面倒だから」と歯間清掃をしていなかった人が、この機械なら毎日続けられる。
もしそうなるのであれば、その人にとってCameraJetの価値は、単純な「プラーク除去率○%」だけでは測れないのかもしれません。
ブランデンタルクリニックは広島市中区立町、立町駅徒歩1分の立町中央ビル4階にあり、4階まではエレベーターをご利用いただけます。
普段使っている電動歯ブラシや替えブラシ、フロス、歯間ブラシなどをメインテナンス時に持参していただき、実際のお口に合っているか、どこへどのように当てるとよいかを一緒に確認することもできます。
電動歯ブラシの使用後に歯ぐきの強い痛みや傷、出血など急な症状が出た場合には、当日のお電話でのご相談も受け付けており、状況によっては急患として同日受診をご案内できる場合があります。
そして今後、
79,800円のCameraJetを患者さんが持って来られたら。
たぶん私は、いつもより少し前のめりになります。
できれば、
ちょっと見せてください。
参考文献・資料
- Dyson Japan. Dyson CameraJet™ フロッサー付き電動歯ブラシ 製品情報・FAQ. 2026年9月確認.
- Dyson Japan. オーラルケア製品情報. CameraJetの71名・4週間臨床試験条件および日本向け製品情報. 2026.
- Dyson. Introducing CameraJet. Paris, September 1, 2026. Gap Optical Targeting™, 10万ピクセルカメラ、47万枚の歯科画像、約1,600万行のコード、NUSとのproxy plaque共同研究等.
- Dyson US. Dyson CameraJet™ electric toothbrush. 204 participants, six-week clinical study等の脚注. 2026.
- Allure. We Were the First Editors to Try the New $499 Dyson Toothbrush. 2026. Dysonから提供された60人・4週間の臨床データを紹介.
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