歯医者の器具音は聴力に影響する?歯科医師30人と歯学生44人を比較|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

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歯医者の器具音は聴力に影響する?歯科医師30人と歯学生44人を比較

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チャットボット チャットボット

2026年10月27日

歯医者の器具音は聴力に影響する?歯科医師30人と歯学生44人を比較

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに|患者さんには短い「キーン」でも、スタッフには毎日の音

歯科医院の診療室には、いろいろな音があります。

歯を削るときの「キーン」という高い音。

バキュームが水や唾液を吸い込む「ゴーッ」という音。

超音波スケーラーを使うときの独特な振動音。

患者さんにとっては、治療中に聞こえる少し苦手な音かもしれません。

では、その音を毎日のように聞いている歯科医師や歯科衛生士、歯科助手の耳はどうなのでしょうか。

一人の患者さんの治療が終わると、器具は停止します。しかし、診療室では次の患者さんの治療が始まり、再びハンドピースやバキュームが動き出します。

もちろん、歯科スタッフが勤務時間のすべてを大きな騒音の中で過ごしているわけではありません。器具の音は断続的で、診療内容や作業によって音の大きさも時間も変わります。

それでも、毎日、何年も同じような音を聞くことが、耳の働きと関係している可能性はあるのでしょうか。

そんな疑問に関係する研究が、2026年10月9日、国際学術誌『Scientific Reports』に発表されました。

タイの大学病院で働く歯科医師30人と、歯学部の学生44人、合計74人の聴力を詳しく比較した研究です。

その結果、通常の聴力検査では両群の平均値が正常範囲内だったにもかかわらず、より高い音を調べる検査では、歯科医師と学生の間に大きな差が見つかりました。

さらに、耳の内側から返ってくる微弱な音響反応を調べたところ、13の測定周波数のうち11で、歯科医師群の反応が小さくなっていました。

ただし、ここで最初にお伝えしておきたいことがあります。

この研究は「歯科器具の音によって歯科医師の聴力が低下した」と証明した研究ではありません。

歯科医師と学生では年齢も臨床経験も違います。音以外の影響を十分に取り除けていないためです。

今回は、歯科助手の立場から、診療室で毎日のように聞こえている音と、耳の働きに関する研究を詳しく見ていきます。


歯科医院の騒音は、器具によって大きく異なる

まず、歯科医院ではどのような器具から音が出ているのでしょうか。

代表的なのは、高速ハンドピース、低速ハンドピース、超音波スケーラー、吸引装置、そして技工用機器です。

高速ハンドピースは、歯を削る際に非常に高速で回転する器具です。低速ハンドピースは回転数や構造が異なり、歯の切削だけでなく、研磨などにも利用されます。

この高速・低速ハンドピースの仕組みについては、以前の治療見学ノート「歯医者の『キーン』と『ブーン』は何が違う?」で詳しく解説しました。

今回注目したいのは、それぞれの器具がどの程度の音を出しているかという点です。

高速ハンドピースは、歯を削っているときの方が音が大きい

2020年に『Journal of Occupational Health』に掲載されたAl-Omoushらの研究では、大学病院の歯科機器から出る騒音も測定されています。

代表的な結果は次のとおりでした。

器具・作業測定された騒音
高速ハンドピース・空転中77dBAeq
高速ハンドピース・切削中85dBAeq
低速ハンドピース・空転中70dBAeq
低速ハンドピース・切削中78dBAeq
スケーラー・非切削条件80dBAeq
スケーラー・使用条件85dBAeq
唾液吸引装置77dBAeq
技工用ハンドピースと吸引の併用95dBAeq
模型トリマー・作業中95dBAeq

出典:Al-Omoushら(2020)Table 2。

ここで使用されているdBAeqは、A特性等価騒音レベルを表す単位です。人間の耳の感度を考慮した重み付けを行い、一定時間の騒音を評価するために用いられます。

この研究では、測定対象の器具から術者の耳を想定した位置までの距離を30cmに統一して測定しています。

したがって、これらは特定の大学病院において、一定の測定条件で記録された数値です。

同じ高速ハンドピースでも、空転中は77dBAeq、歯を削るときは85dBAeqという違いがありました。

音を出しているのは、回転する機械そのものだけではありません。

バーと歯が接触するときの振動、切削対象の材質、冷却水、周囲の吸引装置なども、診療室の音に関係します。

また、技工用機器では、さらに高い騒音値が測定される場合があります。

ただし、これらは特定の機器と条件での結果です。

どこの歯科医院でも、高速ハンドピースが必ず85dBAeqを出しているという意味ではありません。

機器の種類や製造年代、整備状態、使用方法、測定距離などによって結果は変わります。

バキュームも、単なる静かな補助器具ではない

歯科助手にとって身近な器具の一つが、バキュームです。

水や唾液、切削片などを回収するために使用するもので、診療を安全かつ円滑に進めるうえで重要な役割があります。

バキュームには、口の中に入れる高容量吸引装置(HVE)や、細い排唾管など、目的の異なる種類があります。

詳しくは「歯医者の吸引管は太い方が強い?バキュームと排唾管の違い」でも紹介しています。

また、口腔外で飛沫などを吸い込む口腔外吸引装置は、口の中で使用するHVEとは別の機器です。

2026年9月に発表された日本のKidoらの研究では、特定の測定条件において、口腔外吸引装置から91.7±0.6dBAという騒音レベルが測定されています。

一方、口腔内HVEは88.0±0.3dBA、高速エアタービンは82.3±0.7dBAでした。

これらの値も、その研究で使用された機器と測定条件によるものです。

歯科医院の騒音は、タービンだけを考えればよい問題ではないのです。


2026年、歯科医師30人と歯学生44人の聴力を詳しく調べた

今回の中心となる論文は、Dindamrongkulらによる研究です。

論文のタイトルは、

Hearing thresholds among dental professionals and students: early identification of occupational hearing loss using conventional and advanced audiological assessments

日本語では、「通常の検査と高度な聴覚検査を用いた、歯科医療者と歯学生の聴力閾値の比較――職業性聴力低下の早期発見に向けて」という趣旨です。

研究はタイのプリンス・オブ・ソンクラー大学で実施されました。

研究に参加した74人の内訳

研究対象者は合計74人でした。

歯科医師が30人、歯学生が44人です。

学生の内訳は、5年生21人、6年生23人でした。

全体では男性24人、女性50人で、年齢は21〜60歳でした。

ここで注意したいのは、研究に参加した「歯科医療者30人」が、歯科医師、歯科衛生士、歯科助手を混ぜたグループではないことです。

この30人は、大学病院で診療に従事する歯科医師です。

したがって、今回の74人研究だけから、歯科助手の聴力について直接結論を出すことはできません。

学生も歯科器具の音を経験していた

研究では、歯科医師と学生の騒音曝露の違いを比較するため、経験豊富な歯科医師と、臨床実習中の学生を対象にしました。

タイの歯学部は6年制で、今回の学生は少なくとも1年以上の臨床実習を経験していました。

つまり、学生は歯科器具の音をまったく聞いたことがない人たちではありません。

論文によると、歯科医師の診療時間は通常約6〜8時間/日、学生の臨床実習や実習室での作業時間は約3〜6時間/日と説明されています。

ただし、これらの時間のすべてで騒音の大きな機器が動いていたわけではありません。

また、診療時間の差をそのまま、個人の累積騒音曝露量の差と考えることもできません。

検査前には、耳の状態も確認していた

参加者は、聴力検査の前に耳鏡による耳の診察を受けました。

耳の病気、耳鳴りの既往、鼓膜穿孔などがある人は除外されています。

また、検査前の少なくとも12時間は、職業上の騒音曝露を避けるよう指示されました。

これは、直前に大きな音を聞いた影響で、一時的に聴力の測定値が変化する可能性を減らすためです。

聴力検査は防音環境で、有資格の聴覚検査担当者によって行われました。

そして、参加者74人の左右両方の耳を測定したため、検査結果の解析には合計148耳が使用されました。

参加者は74人ですが、聴力検査の解析単位は148耳です。

この違いは、後で登場する85%という数字を理解するうえでも重要になります。


普通の聴力検査と、より高い音を調べる検査は何が違う?

今回の研究の特徴は、聴力を一つの方法だけで評価しなかったことです。

研究者らは3種類の検査を使用しています。

通常の純音聴力検査(CA)、拡張高周波聴力検査(EHFA)、そして歪成分耳音響放射検査(DPOAE)です。

それぞれ、測定しているものが異なります。

① 通常の純音聴力検査(CA)

一般的な聴力検査では、ヘッドホンからさまざまな高さの音を出し、どれくらい小さな音まで聞き取れるかを調べます。

今回の研究で測定したのは、250Hz〜8kHzの範囲です。

Hz(ヘルツ)は音の周波数を表します。周波数が高いほど、一般的には音の高さも高くなります。

1kHzは1,000Hz、8kHzは8,000Hzです。

聴力検査では「聴力閾値」という数値を使用します。

聴力閾値とは、ある周波数の音を聞き取るために必要な最小の音の大きさのことです。

単位にはdB HLが用いられます。

例えば同じ8kHzの音で、10dB HLで聞こえる人と20dB HLで聞こえる人がいれば、後者の方がその周波数の音を聞き取るために、より大きな音を必要とします。

つまり、聴力閾値が高いほど、その周波数の小さな音を聞き取りにくいということです。

② 拡張高周波聴力検査(EHFA)

通常の聴力検査は、おおむね8kHzまでを測定します。

しかし、人間の聴覚には、それより高い周波数を聞き取る能力もあります。

今回の研究で使用されたEHFAは、9〜16kHzの音を調べる方法です。

測定した周波数は、9・10・11.2・12.5・14・16kHzの6種類でした。

こうした高音域は、加齢による変化や一部の騒音曝露による影響を早い段階で反映する可能性があります。

そのため、通常の聴力検査では見つけにくい変化を調べる研究などに利用されています。

ただし、超高音域の聴力には個人差が大きく、年齢によっても変化します。

また、EHFAについては、すべての年齢に共通して適用できる正常・異常の境界が十分に標準化されているわけではありません。

③ 歪成分耳音響放射検査(DPOAE)

3つ目の検査は、少し不思議です。

音を聞き取れるかどうかを本人に答えてもらうのではなく、耳から返ってくる非常に小さな音を調べます。

私たちの耳の奥には、蝸牛(かぎゅう)という器官があります。

蝸牛の内部には有毛細胞と呼ばれる感覚細胞があり、音の振動を神経信号へ変換する仕組みに関係しています。

その中の外有毛細胞は、音の振動に応じて能動的に働き、蝸牛の感度を調整する役割を持っています。

DPOAEでは、異なる周波数の2種類の音を耳に与え、そのときに蝸牛から生じる微弱な音響反応を外耳道のマイクロホンで記録します。

本人が「聞こえた」とボタンを押す必要はありません。

つまり、通常の聴力検査とは違う方法で、蝸牛の外有毛細胞に関連する反応を客観的に評価できるのです。

ただし、DPOAEの反応は、外有毛細胞以外にも中耳の状態、背景雑音、個人差などの影響を受けます。

DPOAEの反応が小さいことは、外有毛細胞が壊れたことを直接証明するものではありません。

この3種類の検査を組み合わせることで、研究者らは通常検査だけでは分かりにくい違いを探そうとしました。


通常の聴力検査では、両群とも平均値が正常範囲だった

では、実際の検査結果はどうだったのでしょうか。

最初に、一般的な純音聴力検査の結果を見てみます。

研究では、250Hzから8kHzまでの8周波数で、歯科医師群と歯学生群の平均聴力閾値を比較しました。

結果は次のとおりです。

周波数歯科医師群歯学生群p値
0.25kHz16.116.50.599
0.5kHz15.814.50.078
1kHz15.813.60.015
2kHz16.815.00.077
3kHz18.015.20.011
4kHz18.417.00.218
6kHz16.813.60.004
8kHz15.010.1<0.001

単位:dB HL。出典:Dindamrongkulら、原著Table 4。

まず、重要なことがあります。

歯科医師群と歯学生群の通常聴力検査の平均値は、いずれも研究上の正常範囲内でした。

つまり、歯科医師群の全員が難聴だったわけでも、平均聴力が明らかな難聴の範囲に入っていたわけでもありません。

しかし、1・3・6・8kHzでは、歯科医師群の方が統計学的に有意に高い閾値を示しました。

例えば8kHzでは、歯科医師群の平均が15.0dB HL、学生群が10.1dB HLでした。

差は4.9dB HLです。

この結果は、正常範囲内に収まる集団であっても、周波数によっては平均値の違いが存在することを示しています。

一方で、この4.9dB HLという差は、歯科医師が仕事によって4.9dB分の聴力を失ったという意味ではありません。

今回の研究では、同じ人の過去と現在を比較したわけではないからです。

騒音性難聴でよく知られる4kHzはどうだった?

騒音性難聴では、一般に3〜6kHz付近、特に4kHz前後の聴力閾値が高くなる特徴的なパターンが知られています。

ところが、今回の研究では、4kHzの群間差は統計学的に有意ではありませんでした。

歯科医師群18.4dB HL、学生群17.0dB HLで、p=0.218です。

一方、3kHzと6kHzでは有意差が認められています。

研究者らは、歯科医院には異なる周波数特性を持つ機器が複数存在するため、より広い周波数帯域に変化が現れる可能性を考察しています。

ただし、今回のデータから歯科医療者に固有の騒音性難聴パターンが確立されたわけではありません。

個々の参加者に典型的な騒音性難聴があったかどうかを、群平均の表だけから判断することもできません。


9〜16kHzでは、6つの周波数すべてで差が見つかった

次に、今回の研究で特に興味深い結果です。

通常の検査範囲を超えた9〜16kHzを調べると、歯科医師群の平均聴力閾値は、すべての測定周波数で歯学生群より高くなっていました。

周波数歯科医師群歯学生群群間差
9kHz10.92.08.9
10kHz18.28.110.1
11.2kHz21.88.813.0
12.5kHz26.98.118.8
14kHz39.212.227.0
16kHz46.724.921.8

単位:dB HL。6周波数すべてでp<0.001。出典:原著Table 5。

例えば、9kHzでは歯科医師群と学生群の平均値の差は8.9dB HLでした。

10kHzでは10.1dB HL、11.2kHzでは13.0dB HL。

そして14kHzでは、歯科医師群39.2dB HL、学生群12.2dB HLでした。

14kHzにおける群間差は27.0dB HLです。

通常の聴力検査で見られた差よりも、かなり大きな値です。

また、歯科医師群の平均閾値は12.5・14・16kHzで25dB HLを超えていました。

ここだけを見ると、歯科医師の高音域の聴力には相当な変化があるように感じられます。

しかし、この結果を理解するには、もう一つの視点が必要です。

それが年齢です。

高い音ほど、年齢の影響を受けやすい

通常の会話に使われる周波数帯域と比較すると、9〜16kHzのような高音域は、加齢による影響が目立ちやすいことが知られています。

若い人が聞き取れる非常に高い音を、年齢の高い人が同じようには聞き取れないことがあります。

今回の研究では、歯学生の多くは20代前半である一方、歯科医師群には40代や50代の参加者も含まれていました。

つまり、14kHzで27.0dB HLの差が見つかったからといって、その差が歯科器具の音によって生じたと考えることはできません。

この研究が示したのは、あくまでも二つの集団の間に差があったという事実です。


耳から返ってくる音を調べると、13周波数中11で反応が小さかった

通常の聴力検査とは異なるDPOAEでも、注目すべき結果が得られました。

歯科医師群では、測定した13周波数のうち11で、歯学生群より反応振幅が有意に小さかったのです。

これは、耳に音を与えたときに蝸牛から返ってくる微弱な音響反応が、群平均として小さかったことを意味します。

ただし、両群の平均DPOAE振幅は、今回の研究で使用された−10dB SPLという異常判定基準を上回っていました。

そのため、歯科医師群では内耳の反応が消失していた、という結果ではありません。

なぜ、この検査結果が重要なの?

純音聴力検査は、本人がどの程度小さな音を聞き取れるかを調べます。

一方、DPOAEは、蝸牛の外有毛細胞に関連する音響反応を調べます。

つまり、違う方法で耳の働きを評価しているわけです。

今回、通常の聴力検査で平均値が正常範囲内だった一方、DPOAEでは多くの測定周波数で群間差が認められました。

この組み合わせが、研究者らが早期の蝸牛機能変化の可能性を考えた理由です。

ただし、注意したいのは、DPOAEの低下だけで外有毛細胞の損傷を診断できるわけではないことです。

DPOAEの振幅は測定条件や背景雑音、中耳の状態にも左右されます。

今回の研究では、信号対雑音比(SNR)の値が解析されていなかったことも、著者ら自身が限界として認めています。

そのため、DPOAEは他の検査と組み合わせて評価する補助的な指標と考える必要があります。

なお、原著のTable 6には周波数の単位表記に不整合があり、Methodsに記載された測定周波数範囲との間にも整合しない部分があります。

そのため、ここでは個々の周波数の詳細な数値を無理に読み替えず、「13周波数中11で有意差」という確認できる結果を中心に紹介しています。


「歯科医師の85%が異常」は、85%の人が難聴という意味ではない

今回の研究では、3種類の検査について、正常・異常の判定結果も比較しています。

ここには、一見すると驚くような数字が登場します。

検査歯科医師群歯学生群
通常聴力検査(CA)8/60耳(13.3%)3/88耳(3.4%)
拡張高周波聴力検査(EHFA)51/60耳(85.0%)36/88耳(40.9%)
DPOAE40/60耳(66.7%)30/88耳(34.1%)

出典:原著Table 2。

歯科医師群では、EHFAで85.0%、DPOAEで66.7%の耳が異常と判定されていました。

しかし、これを「歯科医師の85%が難聴だった」と説明するのは誤りです。

理由は大きく3つあります。

85%は、人ではなく耳の割合

歯科医師は30人ですが、左右の耳をそれぞれ測定したため、60耳として集計されています。

85.0%という数字は、その60耳のうち51耳が、研究上の異常判定基準に該当したという意味です。

30人中何人が該当したのかを直接表しているわけではありません。

1つの周波数だけでも異常判定になる

今回のEHFAでは、測定した周波数のいずれかで聴力閾値が25dB HLを超えると、異常と分類されました。

つまり、9〜16kHzのすべての周波数で聞こえが悪かった人だけを数えたわけではありません。

また、25dB HLという判定基準は、通常の聴力検査との統一性を保つために採用されたもので、拡張高周波域における全年齢共通の確立した基準というわけではありません。

日常会話が聞こえにくいかどうかは別問題

14kHzや16kHzのような非常に高い周波数で閾値が高いことは、そのまま日常会話に支障があることを意味しません。

通常の聴力検査や語音聴力検査など、別の評価も必要です。

そして、今回の研究では、通常聴力検査の異常判定率についてはp=0.051で、統計学的有意差があるとは判定されませんでした。

EHFAとDPOAEの異常判定率については、いずれもp<0.001でした。

この結果は、高音域や蝸牛の反応を調べる検査では、通常の検査とは違った所見が得られることを示しています。

ただし、異常判定が多く出ることだけで、その検査の診断精度が高いと証明されたわけではありません。

将来の難聴をどの程度正確に予測できるのかは、さらに追跡研究を行う必要があります。


最大の注意点|歯科医師と学生では年齢が違う

今回の研究で最も重要な科学的限界は、歯科医師群と学生群の年齢差です。

研究の対象者は21〜60歳でした。

しかし、歯学生の多くは20代前半です。

一方、歯科医師群には診療経験の長い40代、50代の人も含まれていました。

聴力は加齢によって変化します。

特に高い周波数ほど、その影響が目立つことがあります。

原著の年齢別結果を見ると、違いがはっきりする

研究者らは、参加者を年齢別に分けた解析も行っています。

EHFAで異常と判定された耳の割合は、次のようになっていました。

年齢異常判定された耳割合
21〜30歳42/98耳42.9%
31〜40歳13/18耳72.2%
41〜50歳16/16耳100%
51〜60歳16/16耳100%

出典:原著Table 3。

41〜50歳と51〜60歳の年齢群では、今回の基準による異常判定がすべての耳に認められました。

この数字だけを見ると驚くかもしれません。

しかし、41〜50歳も51〜60歳も、それぞれ8人、16耳という小規模な集団です。

さらに、今回のEHFAでは、どれか一つの高音域が25dB HLを超えれば異常と判定されます。

この結果を「40歳を過ぎると歯科医療者は全員難聴になる」と解釈してはいけません。

騒音に職業的にさらされていない人でも、高音域の聴力は年齢とともに変わる

この問題を考えるうえで参考になるのが、Škerkováらの研究です。

2023年に『European Archives of Oto-Rhino-Laryngology』に掲載されたこの研究では、職業上の騒音曝露がなく、耳の病気などの問題がない成人316人、632耳について、通常の聴力検査と拡張高周波聴力検査を実施しました。

その結果、年齢が高くなるにつれて、特に高い周波数で聴力閾値が上昇していくことが示されました。

この研究では、職業上の騒音曝露がない人でも、35歳頃から高音域の聴力閾値に年齢による違いが現れ始めていました。

つまり、歯科医療者でなくても、年齢だけで高音域の聴力にはかなりの違いが生じる可能性があるのです。

今回の74人研究では、年齢別の解析は行われていますが、歯科医師群と学生群の年齢差を十分に取り除いた比較結果は示されていません。

そのため、

「歯科医師群で14kHzの聴力閾値が27.0dB HL高かった」ことは確かでも、その27.0dB HLが歯科器具の騒音によって生じたとは分かりません。

年齢と、長年の職業経験による騒音曝露が重なっているためです。


74人なのに148耳で計算したことにも、統計上の問題がある

研究の結果をさらに詳しく読むと、統計処理についても注意する点があります。

今回の研究では、参加者の特徴は74人を単位として集計しました。

一方、聴力閾値やDPOAEの振幅は、148耳を単位として解析しています。

左右の耳をそれぞれ測定すること自体は、特別なことではありません。

問題は、左右の耳を統計上、完全に独立した観察として扱っていたことです。

同じ人の右耳と左耳は、無関係ではない

同じ人の左右の耳は、年齢、生活習慣、職場環境などを共有しています。

もちろん左右差が生じることはありますが、148耳が148人の異なる人から得られたデータと同じ条件ではありません。

そのため、左右耳の相関を考慮しない統計解析では、推定値の標準誤差が小さくなりすぎる可能性があります。

標準誤差が過小評価されると、結果の不確実性を実際より小さく見積もってしまうおそれがあります。

この問題は、原著の著者ら自身も研究の限界として挙げています。

たくさんの周波数を調べたときの注意

今回の研究では、通常の聴力検査で8周波数、EHFAで6周波数、DPOAEで13周波数が比較されています。

合計すると27周波数の比較です。

周波数ごとに多数の統計検定を行うと、偶然に小さなp値が現れる可能性も考慮する必要があります。

原著では個々の周波数の比較結果が示されていますが、これらのすべての比較を一括して調整した結果は明示されていません。

ただし、ここで重要な点があります。

EHFAの6周波数はいずれもp<0.001であり、多重比較を単純に考慮しただけで今回の結果を説明できるわけではありません。

例えば、今回の27周波数の比較について、単純なBonferroni補正を仮定すると、有意水準は0.05÷27=約0.00185となります。

EHFAの6周波数はすべてp<0.001なので、この単純な補正基準を当てはめても有意水準を下回ります。

つまり、EHFAで観察された群間差は、単に多数の周波数を検定したことだけで消えてしまうような結果ではありません。

一方で、この計算は、研究の統計上の問題をすべて解決するものではありません。

左右耳の相関を無視していること、年齢差を十分に調整できていないこと、職場外の騒音曝露などが十分に考慮されていないことは、別の問題として残っています。

したがって、EHFAで統計学的な群間差が認められたことと、歯科器具の騒音がその原因であることは、やはり区別する必要があります。

通常検査のp=0.051はどう読む?

原著Table 2には、通常聴力検査の異常判定について、オッズ比4.36、95%信頼区間1.11〜17.17、p=0.051という数値が並んでいます。

信頼区間は1をまたいでいないのに、p値は0.05を超えています。

一見すると不思議ですが、今回の95%信頼区間は、オッズ比に対する近似的な計算方法で再現できます。一方、p値にはFisherの正確確率検定が使用されています。

両者は計算方法が異なるため、信頼区間が1をまたがなくても、p値が0.05をわずかに超える場合があります。

原著では異常判定率の比較にFisherの正確確率検定を使用しており、表のp値は0.051です。

そのため、今回の記事では、通常検査の異常判定率に統計学的有意差があったとは扱いません。

研究結果を読むときには、数値が大きいか小さいかだけでなく、どのような方法で計算されたのかも大切なのです。


歯科器具の騒音が原因だと、まだ断定できない理由

年齢差と統計処理のほかにも、今回の研究には限界があります。

研究は一時点の比較であり、聴力の変化を追跡していない

今回の研究は横断研究です。

ある時点の歯科医師と歯学生の聴力を比較しています。

例えば、歯科医師が就業する前に測定した聴力と、10年後の聴力を比較したものではありません。

したがって、その人の聴力が働いている間にどのくらい変化したかは分かりません。

実際の騒音曝露と聴力の関係が十分に示されていない

歯科医院では、勤務時間や診療内容によって聞こえる音が違います。

同じ8時間勤務でも、一日中切削処置を行う日と、診査や説明が中心の日では、騒音曝露の内容が変わります。

原著には参加者ごとの騒音曝露を監視したという記載がありますが、公開された結果には、個人別の累積曝露量と聴力閾値を結びつけた詳細な解析が示されていません。

そのため、「騒音曝露が何dBA増えると、聴力閾値がどのくらい高くなる」という関係を、この研究から評価することはできません。

歯科医院以外で聞いている音もある

私たちは職場の外でも音を聞いています。

イヤホンやヘッドホン、音楽、趣味、交通騒音など、人によって騒音曝露はさまざまです。

研究者らは、レクリエーションによる騒音曝露や個人用音響機器の使用を十分に調整できていなかったことも認めています。

ほかにも、過去の耳の健康状態や個人差など、聴力には複数の要因が関係します。

一つの大学病院の結果である

今回の研究は、タイの単一大学病院の関係者を対象としています。

一般開業の歯科医院では、診療室の構造、使用する機器、診療内容、スタッフの配置などが異なります。

したがって、今回の結果をそのまますべての歯科医院へ当てはめることはできません。

これらを踏まえると、今回の研究で確実に言えるのは、歯科医師群と歯学生群の聴力検査結果に差が認められたことです。

その差のどの部分が職業性騒音によるものなのかは、まだ明らかになっていません。


では、歯科助手の聴力について調べた研究はあるの?

今回の74人研究には、歯科助手が含まれていませんでした。

しかし、歯科助手の聴力を実際に調べた研究も存在します。

その一つが、2020年に『Journal of Occupational Health』に掲載されたAl-Omoushらの研究です。

この研究では、ヨルダンの大学病院に関係する244人を対象に、聴力検査などを行いました。

参加者には歯科医師39人、歯科技工士28人、歯科助手23人、5年生の歯学生92人、比較対象となる3年生の歯学生62人が含まれています。

歯科助手23人の特徴

歯科助手群の平均年齢は34.4歳でした。

平均実務経験は11.91年で、一日の騒音曝露時間は平均4.46時間と報告されています。

ただし、この4.46時間は、騒音ばく露計を用いて個人の実測曝露時間を連続記録したものではありません。

参加者への質問票で収集した、一日の作業時間に関する推定値です。

したがって、実際にどの程度の騒音レベルに何時間さらされていたのかを、そのまま示す数字ではありません。

この研究では、歯科助手群で左耳と右耳の聴力閾値に違いが認められました。

特に、本文の詳細な統計解析では、4kHzと8kHzで左耳の聴力閾値が有意に高くなっていました。

4kHzでは、右耳の平均6.06dB HLに対し、左耳は14.42dB HLでした。

8kHzでは、右耳13.73dB HLに対し、左耳24.63dB HLでした。

ここには一つ、論文を読むうえで注意したい点があります。

原著の抄録には、歯科助手群で1・2・4・8kHzの聴力閾値に左右差があったという趣旨の記載があります。

しかし、本文のANOVAの説明、対応のあるt検定、Table 4では、統計学的に有意な左右差が確認できるのは4kHzと8kHzです。

そのため、ここでは原著本文の詳細な統計解析とTable 4に従い、4kHzと8kHzの結果を紹介しています。

さらに、歯科助手群では、一日の騒音曝露時間の推定値と聴力閾値の間に、複数の周波数で統計学的な関連が報告されています。

ただし、これも横断研究であり、曝露時間が長かったことによって聴力が低下したという因果関係を証明するものではありません。

なぜ左耳の方が違ったの?

研究者らは、診療時の姿勢や音源との距離が関係している可能性を考察しています。

歯科助手は、歯科医師と患者さんの間で水や唾液を吸引し、器具の受け渡しなどを行います。

そのとき、左右の耳と音源との距離が同じとは限りません。

ただし、診療ユニットの配置、歯科医師の利き手、アシスタントの立ち位置、使用する器具などによって、状況は変わります。

この研究を理由に「歯科助手は左耳が悪くなる」と一般化することはできません。

また、研究者らは、歯科助手群の平均聴力閾値がおおむね正常範囲内だったことも述べています。

統計学的な差が認められたとしても、それがどの程度の日常生活上の支障につながるかは、別に考える必要があります。

それでも、歯科助手の耳も職業環境との関係で研究されていることは、興味深い点です。


2026年の別研究では、歯科スタッフ184人の騒音曝露を調べていた

さらに2026年には、タイの大学病院で184人の歯科関係者を対象とした別の研究も発表されています。

Choosongらによる『Safety and Health at Work』掲載の研究です。

こちらは、聴力検査だけでなく、職場の騒音測定や生活習慣なども調べています。

対象には、歯科医師、歯学生、歯科助手・看護職、非臨床支援職、技術職が含まれていました。

全体では184人のうち30.4%が、研究上の聴力低下の判定に該当しました。

歯科助手・看護職41人の結果

歯科助手・看護職を合わせた41人については、

  • 正常聴力と判定された人:27人(65.9%)
  • 片側の聴力低下が認められた人:13人(31.7%)
  • 両側の聴力低下が認められた人:1人(2.4%)

という結果でした。

ここでも注意が必要です。

これは歯科助手だけの41人ではなく、歯科助手と看護職を合わせたグループです。

また、この研究の聴力低下の判定方法は、今回の74人研究におけるEHFAの異常判定とは異なります。

したがって、74人研究の85.0%と、184人研究の聴力低下率を直接比較することはできません。

騒音曝露量には職種による違いもあった

同研究で測定された8時間時間加重平均騒音レベルは、次のとおりです。

職種平均騒音レベル
歯科医師64.33dBA
歯学生64.99dBA
歯科助手・看護職68.19dBA
非臨床支援職67.74dBA
技術職68.93dBA

歯科助手・看護職群の平均騒音レベルは、歯科医師群より高い値でした。

ただし、この差だけで歯科助手の難聴リスクが歯科医師より高いと判断することはできません。

職種ごとの担当業務や作業時間、音源との位置関係などが異なるためです。

また、いずれの職種群でも、8時間時間加重平均の値は85dBAを下回っていました。

一日の平均値が低くても、短時間に大きな音が発生する

同じ研究では、短時間の最大騒音やピーク音圧レベルも測定されています。

歯科助手・看護職群では、最大騒音レベル(Lmax)の平均が96.10dBA、ピーク音圧レベル(Lpeak)の平均が124.26dBでした。

これらは測定方法が異なる指標であり、数値を単純に比較するものではありません。

重要なのは、一日全体の平均的な曝露と、短時間に発生する大きな音を区別することです。

なお、今回の74人研究と184人研究は、同じ大学の研究者によるもので、著者も一部共通しています。

研究参加者の一部が重複している可能性は否定できませんが、公開資料からその有無は確認できていません。

そのため、完全に独立した集団で74人研究の結果が再現されたと断定することは避けます。


これまでの研究をまとめると、歯科医療者の聴力にはどんな傾向がある?

歯科機器の騒音と聴力については、今回の74人研究が初めてではありません。

2023年には、Hartlandらが歯科医療者の聴力に関する系統的レビューを発表しています。

416件の候補文献から17研究を採用し、歯科医師、歯科衛生士、歯科助手などの聴力に関する結果を整理しました。

そのうち、歯科医師を評価した11研究では、9研究、つまり約82%が聴力低下との関連を報告していました。

一方、歯科助手を評価した4研究では、関連を報告したのは2研究、50%でした。

この違いは重要です。

歯科医師に関する研究では関連を支持する結果が多い一方で、歯科助手については研究数が少なく、結果も一致していないのです。

さらに2024年、VagevuurとBrandは28研究をまとめたスコーピングレビューを発表しました。

対照群を設けた客観的測定研究12件のうち8件で、歯科医療者の聴力低下との有意な関連が報告されていました。

対照群のない客観的測定研究13件では7件、主観的な評価を使用した研究5件では5件が関連を報告しています。

ただし、研究方法、評価基準、対象職種、年齢、騒音環境などが異なるため、これらの結果を一つの割合にまとめて「歯科医療者の何%が騒音で難聴になる」と計算することはできません。

歯科機器の騒音と不快感を調べた研究もある

2021年には、ベルギーのDierickxらが、歯科医師100人と比較対象の薬剤師53人を調べた研究を発表しています。

その結果、歯科医師では比較対象より騒音性難聴が統計学的に有意に多いという結果は認められませんでした。

一方、歯科機器の音に対する不快感や関連する訴えは、歯科医師群で有意に多く報告されました。

つまり、歯科機器の騒音が不快に感じられることと、聴力検査で難聴が確認されることは、別の問題なのです。

歯科医療者の聴力低下との関連を支持する研究は複数ありますが、すべての研究で同じ結果が得られているわけではありません。研究対象者の年齢や機器、騒音曝露、聴力評価方法などの違いも考慮する必要があります。

総合すると、歯科医療者の職業性騒音と聴力低下の関連を示す研究は複数存在します。

しかし、年齢などの影響を十分に取り除き、職種ごとの長期的な因果関係を明らかにするには、まだ研究が必要です。


同じ歯科ドリルの音でも、年齢によって感じ方が違う?

ここで少し、患者さんが感じる音の話も紹介します。

2024年に大阪大学のYamadaらが発表した研究では、12〜67歳の62人を対象に、拡張高周波聴力と歯科ドリル音の印象を調べました。

研究者らは、異なる周波数成分を持つ4種類の歯科ドリル音を使用し、音の大きさや不快感などの評価を行っています。

その結果、年齢が高くなるほど高音域の聴力感度が低下する傾向が認められ、歯科ドリル音の印象にも年齢による違いがありました。

特に若い参加者は、高音域の成分を含む歯科ドリル音を、年齢の高い参加者より大きく、不快に感じる場合がありました。

つまり、同じ器具音であっても、聞く人の聴覚特性によって感じ方が違う可能性があるのです。

ただし、これは音に対する主観的な印象を調べた研究です。

不快に感じた人ほど聴力が悪化するという結果ではありません。

そして、今回の74人研究のように、実際の聴力検査で群間差が認められたこととも、区別する必要があります。

歯科医院の音には、「どれくらい聞こえるのか」「どう感じるのか」「どれだけ曝露されるのか」という、異なる側面があるのです。


85dBAを超えると、耳に悪いことがすぐ起こるの?

歯科器具の騒音を調べていると、85dBAという数字がよく登場します。

しかし、この数字を「一瞬でも超えたら危険」という境界として理解するのは正確ではありません。

職業性騒音による聴覚への影響を考えるには、音の大きさに加えて、曝露時間が重要になります。

音が3dB大きくなると、許容される時間はおおむね半分になる

日本の厚生労働省が2023年4月に改訂した「騒音障害防止のためのガイドライン」には、等価騒音レベルと曝露時間に関する参考基準が掲載されています。

その一部を示すと、次のようになります。

等価騒音レベル1日の曝露時間の目安
85dBA8時間
88dBA4時間
91dBA2時間
94dBA1時間

これらは、職業性騒音曝露を評価するための基準です。

例えば、ハンドピースの作動中に85dBAが測定されたとしても、それだけで「一日の許容曝露を超えた」と判断することはできません。

実際にどのくらいの時間その音に曝露され、ほかの時間帯にどの程度の騒音が存在したかを考慮する必要があります。

また、同じdBAであっても、音の周波数成分や変動の仕方によって、音の印象は異なります。

短時間のピーク音と、一日の平均値を分ける

歯科医院では、機器が停止している時間と作動している時間が繰り返されます。

例えば、吸引装置を使用する時間、歯を削る時間、患者さんへ説明する時間では、騒音環境が変わります。

したがって、一つの器具から発生する大きな音の値だけでなく、スタッフが一日の勤務を通して受ける騒音曝露を考える必要があります。

また、職業性騒音の基準を下回っているからといって、音が不快でない、集中力に影響しない、あるいはすべての人に聴覚の変化が生じないと保証されるわけでもありません。

一つの測定値だけで、音によるすべての影響を判断することはできないのです。


14kHzの聴力に差があったなら、14kHzの器具音が原因なの?

ここで、もう一度今回の研究結果に戻ります。

14kHzでは、歯科医師群と歯学生群の平均聴力閾値に27.0dB HLの差がありました。

では、14kHzの音を出す器具が原因だったのでしょうか。

答えは、まだ分かりません。

器具の振動周波数と、聴力検査の周波数は別

例えば、超音波スケーラーは、人間の一般的な可聴域より高い周波数でチップを振動させる機器です。

日本歯周病学会会誌に2015年に掲載された沼部幸博による解説「超音波スケーラーの現在」では、圧電型と磁歪型の超音波スケーラーについて、おおむね25,000〜50,000Hzの超音波振動を利用すると説明されています。

つまり、約25〜50kHzです。

ただし、超音波スケーラーを使用するときに私たちが聞く音は、その振動周波数そのものだけではありません。

チップと歯の接触、冷却水、周辺機器など、さまざまな要素によって可聴音が発生します。

一方、今回のEHFAで調べた9〜16kHzは、人間の耳がその周波数の音をどれくらい聞き取れるかという検査値です。

したがって、14kHzの聴力閾値が高かったことと、特定の器具が14kHzの騒音を出していたことは、直接対応していません。

ある周波数の音を聞き取りにくいことだけで、その周波数の音が原因だったと判断することはできないのです。

dBA、dB HL、dB SPLも区別する

今回の記事には、3種類のデシベルが登場しました。

dBAは、騒音を人間の聴覚特性に合わせた重み付けで評価する際に使われる単位です。

dB HLは、聴力検査で使用する聴力レベルの単位です。

dB SPLは、物理的な音圧レベルを表します。

例えば、歯科器具の騒音85dBAと、聴力閾値39.2dB HLを、そのまま引き算して聴力への影響を求めることはできません。

異なる目的と基準で使われる数値だからです。

こうした違いを理解すると、歯科騒音に関する研究の数字を、より正確に読み取れるようになります。


大きな音を聞いた後の聴力変化は、元に戻ることもある?

大きな音を聞いた後、一時的に音が聞こえにくくなることがあります。

これは一時的閾値移動(Temporary Threshold Shift:TTS)と呼ばれます。

例えば、強い騒音に曝露された直後に、普段より大きな音でないと聞き取れなくなる場合があります。

一時的な変化であれば、音のない環境で時間が経つことで回復することがあります。

一方、騒音によって不可逆的な聴覚の損傷が生じ、聴力閾値の上昇が持続する場合もあります。

これは永続的閾値移動(Permanent Threshold Shift:PTS)と呼ばれます。

両者は区別して考える必要があります。

今回の74人研究では区別できたの?

研究参加者は、検査前12時間の職業上の騒音曝露を避けるよう指示されていました。

しかし、著者らは、その指示が守られたかどうかを客観的には確認できなかったと述べています。

また、同じ参加者を長期間追跡したわけではありません。

そのため、今回観察された聴力の群間差が、永続的な変化によるものなのか、一時的な要因がどの程度含まれているのかを完全に区別することはできません。

耳を守る道具を使った研究もある

2022年、Mohanらは64人の歯科臨床家を対象に、聴覚保護具の使用について研究しました。

参加者を保護具の使用群と非使用群に分け、45分間の超音波スケーリングの前後に聴力や関連する反応を測定しました。

その結果、聴覚保護具を使用した群では、直後の一時的閾値移動などの変化が小さくなっていました。

この結果は、適切な聴覚保護が短時間の騒音曝露による影響を軽減できる可能性を示しています。

ただし、64人を長期間追跡し、将来の永久的な難聴の発症率まで測定した研究ではありません。

研究者らは歯科臨床家への聴覚保護具の使用を強く推奨していますが、この研究だけですべての歯科診療における長期的な効果が確定したわけではありません。

また、これだけで、すべての歯科スタッフがすべての処置中に耳栓を使用しなければならないと結論することもできません。


歯科スタッフの耳を守るために、診療室で何ができる?

では、歯科医院ではどのような対策を考えればよいのでしょうか。

最初に大切なのは、診療に必要な器具の使用を、単純に減らせばよいという問題ではないことです。

例えば、歯を削るときの注水は、切削による熱が歯や歯髄に与える影響を減らすために重要です。

バキュームにも、水や唾液、切削片などを回収する大切な役割があります。

こうした仕組みについては「歯を削るとき水がたくさん出るのはなぜ?」でも紹介しています。

音が発生するからという理由だけで、必要な注水や吸引を止めることは適切ではありません。

そのうえで、職業性騒音の対策としては、次のような考え方が重要になります。

まずは機器や音源の状態を考える

騒音対策では、最初から耳栓に頼るのではなく、音そのものを小さくできないか検討します。

機器の保守点検、適切な使用、騒音の少ない機種の選択など、音源側での対策が基本になります。

摩耗や不具合がある器具では、通常とは異なる音が発生することもあります。

必要に応じて実際の騒音曝露を測定する

器具のカタログに書かれた騒音値だけでは、スタッフが一日を通して受ける騒音曝露を十分に評価できません。

必要に応じて騒音計や個人騒音ばく露計などを使い、実際の作業環境を評価することが考えられます。

その際は、音の大きさだけでなく、時間や作業内容、複数機器の使用状況も重要です。

聴覚保護具は、必要な音まで消してはいけない

歯科診療では、患者さんの声を聞き、歯科医師やスタッフ同士で連絡を取り合う必要があります。

機器の警告音など、診療の安全に関係する音もあります。

そのため、聴覚保護具を使用する場合には、必要な音が適切に聞き取れることが重要です。

厚生労働省の騒音障害防止のためのガイドラインでも、安全確保や会話の必要がある作業では、必要以上に遮音性能の高い保護具を選ばないよう配慮することが示されています。

すべての歯科スタッフに一律の保護具を勧めるのではなく、実際の騒音環境と業務内容に合わせて検討する必要があります。

今回の研究では、聴覚保護具を使用した人が0人だった

今回の74人研究では、参加者の中に、聴覚保護具の使用を報告した人はいませんでした。

74人中0人という結果です。

ただし、これはタイの大学病院で研究に参加した人たちの自己申告に基づくもので、日本の歯科医療者全体の保護具使用率を示すものではありません。

それでも、歯科医療の現場で聴覚保護について考える機会を増やす必要があることを示唆する結果といえるでしょう。


歯科器具の騒音は、聴力以外にも影響する?

歯科医院の音については、聴力以外の側面からも研究が行われています。

2026年9月に発表された日本のKidoらの研究では、歯科医師44人への質問票調査と、11人を対象としたランダム化クロスオーバー試験が実施されました。

その結果、約90dBAの連続した口腔外吸引装置の騒音下では、静かな条件と比べて計算課題の作業量が減り、誤答率が上昇しました。

ただし、実際の歯科治療中の失敗率を測定した研究ではありません。

この研究については、すでに院長の徒然コラム「歯科診療の騒音で歯科医師の集中力は落ちる?作業成績・ストレスとBGMの可能性」で詳しく解説しています。

今回の聴力研究とは調べている内容が異なりますが、どちらも歯科医院で働く人にとっての音環境を考える研究です。

歯科器具の音については、患者さんがどう感じるかという視点だけでなく、スタッフの聴覚健康、作業環境、コミュニケーションなど、複数の観点から考える必要があるのです。


将来の研究で、本当に確かめたいこと

今回の74人研究は、通常の聴力検査に加えてEHFAとDPOAEを使用した点が特徴的でした。

しかし、歯科器具の騒音によって聴力が変化するかどうかを、より確実に調べるためには、今後どのような研究が必要なのでしょうか。

例えば、歯科医師や歯科衛生士、歯科助手が働き始める前に、聴力検査を実施する方法が考えられます。

その後、同じ人の聴力を数年にわたって測定します。

さらに、個人騒音曝露量や使用する器具、診療時間、職種ごとの作業内容などを記録します。

年齢や生活習慣、職場外の騒音曝露なども考慮する必要があります。

そうすれば、単に経験豊富な歯科医師と若い学生を比較するよりも、勤務中の曝露と聴力の経時的な変化との関連を詳しく検討できます。

また、左右の耳の測定値に相関があることを考慮した統計手法を使用することも大切です。

さらに、騒音対策を行った施設と、通常の環境を維持した施設で、曝露量や聴力の経時的変化を比較する研究も考えられます。

もちろん、職場環境やスタッフの健康にはさまざまな要因が関係するため、こうした研究でも慎重な解析が必要です。

しかし、そのような研究が蓄積されれば、歯科医院でどのような騒音対策が実際に役立つのか、より具体的に分かってくるかもしれません。


よくある疑問|歯科器具の音と聴力について

Q.歯科治療を受ける患者さんも、器具の音で難聴になるのでしょうか?

今回の74人研究は、歯科医師と歯学生の聴力を比較した研究です。

患者さんが一回の治療でどれだけの音を聞き、その結果どの程度聴力に影響があるかを測定した研究ではありません。

したがって、この研究から患者さんの難聴発生率や、一回の歯科治療の危険性を直接計算することはできません。

Q.通常の聴力検査で正常でも、耳の働きに違いがあることはありますか?

あります。

今回の研究では、通常の純音聴力検査の平均値が正常範囲内であっても、より高い音域やDPOAEの反応で群間差が認められました。

ただし、検査で違いが見つかったことと、病的な聴覚障害があることは同じではありません。

年齢や検査条件などを含めて評価する必要があります。

Q.超音波スケーラーは、特に耳に悪い器具なのでしょうか?

超音波スケーラーは音を発生する歯科機器の一つですが、今回の74人研究では、どの器具が聴力検査結果の差に最も関係したかを特定していません。

そのため、スケーラーが主な原因だったとはいえません。

騒音の大きさ、曝露時間、周波数特性、他の機器との併用などを考慮する必要があります。

Q.歯科助手や歯科衛生士は、耳栓を使用した方がよいのでしょうか?

すべての歯科スタッフに、どの診療場面でも一律に耳栓を使用するよう勧められるほどの証拠はありません。

まず職場の騒音曝露を適切に評価し、音源側の対策を検討することが重要です。

聴覚保護具を使用する場合も、患者さんやスタッフの声、安全確認に必要な音が聞こえることを考慮する必要があります。

Q.仕事中に耳鳴りや聞こえにくさが気になったらどうすればよいですか?

耳鳴りや聞こえにくさが続く場合には、耳鼻咽喉科で相談することが大切です。

急に聴力が低下した場合は、早急な耳鼻咽喉科での評価が必要です。

また、今回の74人研究では耳鳴りの既往がある人が研究から除外されているため、歯科医療者の耳鳴りの発生率をこの研究から知ることはできません。


まとめ|歯科器具の音を、働く人の耳から考えてみる

今回紹介した2026年の研究では、歯科医師30人と歯学生44人、合計74人の聴力を3種類の方法で比較しました。

通常の聴力検査では、両群とも平均値は正常範囲内でした。

しかし、1・3・6・8kHzでは歯科医師群の閾値が有意に高く、9〜16kHzの拡張高周波聴力検査では、6つの測定周波数すべてで群間差が認められました。

さらにDPOAEでは、13周波数中11で歯科医師群の反応振幅が小さくなっていました。

これらは、歯科医療者の聴覚健康を考えるうえで興味深い結果です。

ただし、歯科医師群と学生群には年齢差があり、累積騒音曝露や職場外の騒音の影響を十分に分けられていません。

左右両耳を独立した148耳として解析したことなど、統計上の限界もあります。

したがって、この研究は歯科器具の音による聴力障害の因果関係を証明したものではありません。

それでも、歯科医療者の聴力について研究が積み重ねられていることは、知っておきたい事実です。

患者さんにとって、歯科器具の音は治療中の短い時間に聞くものかもしれません。

しかし、歯科医院で働くスタッフにとっては、診療を繰り返すたびに耳に届く音です。

私たち歯科助手も、診療を安全に進めるために必要な音と、減らせるかもしれない騒音を区別しながら、働く環境について考えていくことが大切なのだと思います。

歯科医院の「キーン」や「ゴーッ」という音。

いつも聞いている音だからこそ、その音が私たちの耳とどのように関係するのか、これからの研究にも注目していきたいと思います。


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※本記事は公開された研究を解説するものであり、特定の歯科医療者の難聴を診断したり、個々の歯科医院の騒音曝露量を評価したりするものではありません。聴覚の症状がある場合は、耳鼻咽喉科での適切な評価が必要です。

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