2026年9月08日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
歯磨きを始めるとき、皆さんは最初に歯ブラシを水で濡らしますか?
洗面台で歯ブラシを手に取って、水道水でサッと濡らしてから歯磨き粉をつける。ずっとそうしてきた方も多いと思います。
ところが最近は、「歯ブラシは濡らさない方がいい」「水で濡らすと歯磨き粉のフッ素が薄まる」「乾いた歯ブラシに歯磨き粉をつけるのが正解」といった情報もよく見かけます。
メンテナンスのときにも、「歯ブラシって濡らしちゃダメなんですか?」と聞かれることがあります。
では、本当に乾いた歯ブラシの方がよく磨けるのでしょうか。
実は、乾いた歯ブラシと、あらかじめ水で濡らした歯ブラシを比較した研究があります。その結果は、乾いた歯ブラシで歯垢が58%減少、濡らした歯ブラシでは57%減少。統計学的な有意差はありませんでした。
「ほとんど同じ?」と思いますよね。
ただし、この58%対57%には大切な条件があります。この研究では歯磨き粉を使っていません。
つまり、「歯ブラシを濡らすと歯垢が落ちにくくなるのか」という話と、「水で歯磨き粉が薄まり、フッ化物の働きに影響するのか」という話は分けて考える必要があります。
今回は、「濡らす派」「乾いたまま派」のどちらかを単純に正解にするのではなく、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを整理してみます。
乾いた歯ブラシと濡らした歯ブラシ、歯垢の落ち方は違う?
2018年に『International Journal of Dental Hygiene』へ掲載された研究では、成人46人について、乾いた歯ブラシを使った場合と、使用前に水で濡らした歯ブラシを使った場合のデータが比較されました。
ただし、これは最初から46人を「乾いた群」「濡らした群」に無作為に分けた新しい比較試験ではありません。過去に行われた2つのブラッシング研究を使った二次解析です。
被験者は歯磨きを控えて48時間歯垢を蓄積したあと、新しい歯ブラシを使い、歯磨剤なしで、監視下で2分間ブラッシングしました。
その結果、歯垢の減少率は、
- 乾いた歯ブラシ:58%
- 濡らした歯ブラシ:57%
で、統計学的な有意差は認められませんでした。
また、使用後に感じる毛の硬さや、「よく磨けた」と感じる清掃感についても、歯ブラシを事前に濡らしたかどうかで有意な差は認められていません。

乾いた歯ブラシ 58%
濡らした歯ブラシ 57%
※歯垢の減少率
※歯磨剤なし
※監視下で2分間の単回ブラッシング
※統計学的な有意差なし
この58%対57%は「歯垢の落ち方」の数字です。「フッ素の虫歯予防効果が58%対57%だった」という意味ではありません。
また、48時間歯垢を蓄積してから行った研究なので、「普段2分磨けば誰でも毎回58%の歯垢が落ちる」という意味でもありません。
「乾いた毛の方が圧倒的に落ちる」とは言えなかった
この研究から言えるのは、少なくとも歯ブラシを使用前に濡らしたこと自体が、歯垢除去を大きく悪化させたとは確認されなかったということです。
ですから、「乾いた歯ブラシの方が毛先の清掃力が圧倒的に高いから、絶対に濡らしてはいけない」と説明するのは、現在確認できる研究からは言いすぎです。
ただし、この研究では歯磨き粉を使っていません。ここから先は、フッ化物配合歯磨剤の話として考えてみましょう。
「歯ブラシを濡らすとフッ素が薄まる」は本当?
水を加えれば、歯磨剤が希釈されること自体は当然です。
では、実際に歯磨剤を水で薄めると、歯への作用は変わるのでしょうか。
Satouらが2023年に報告した基礎研究では、1450ppmFのフッ化物配合歯磨剤を水で希釈し、牛歯エナメル質の酸への抵抗性が調べられました。
歯磨剤は、
- 100%:希釈なし
- 67%:約1.5倍希釈
- 50%:2倍希釈
- 25%:4倍希釈
- 歯磨剤なし
の条件で比較されています。
その結果、100%や67%の低希釈群では、50%や25%まで大きく薄めた群と比較して、エナメル質の脱灰が抑制されました。歯質の実質欠損量や硬さ、ミネラル喪失量などでも、大きく希釈しない方が有利な結果が示されています。
ここだけを見ると、「やっぱり水で濡らしちゃダメなのでは?」と思うかもしれません。
しかし、ここには大きな違いがあります。
この研究は「歯ブラシを蛇口で一度サッと濡らした実験」ではありません。
歯磨剤そのものを、あらかじめ1.5倍、2倍、4倍という明確な割合で希釈した基礎実験です。
そのため、
「歯磨剤を必要以上に大量の水で薄めない方がよい」
とは考えられますが、
「歯ブラシに少し水滴がついただけで、フッ化物の虫歯予防効果が低下する」
とまでは、この研究から言うことはできません。

この研究から言えること
- 歯磨剤を大きく水で希釈すると、エナメル質への作用が不利になる可能性がある
- フッ化物配合歯磨剤は、なるべく適切な濃度のまま歯面へ届けたい
まだ言えないこと
- 歯ブラシを一度軽く濡らすと虫歯が増える
- 少量の水滴でフッ化物の効果がなくなる
- 濡らした歯ブラシでの歯磨きは失敗である
4学会の推奨にも「必ず乾いた歯ブラシで」とは書かれていません
日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本老年歯科医学会による「4学会合同のフッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法」では、年齢に応じたフッ化物濃度や歯磨剤の使用量、歯磨き回数、磨いた後のすすぎ方などが示されています。
一方、「使用前に歯ブラシを濡らしてはいけない」「必ず乾いた状態で歯磨剤をつける」という項目はありません。
つまり、「乾いた歯ブラシでないと正しいフッ化物応用にならない」と学会が定めているわけではありません。
では結局、歯ブラシは濡らす?乾いたまま?
毎日の歯磨きでは、乾いた歯ブラシへそのままフッ化物配合歯磨剤をつける方法で十分です。
あえて最初に水を加える必要はありませんし、乾いた状態から始めれば、自分から余分な水を加えて歯磨剤を希釈することもありません。
ただし、これは「乾いた歯ブラシの方が医学的に優れていることが証明された」という意味ではありません。
いつもの習慣で歯ブラシを軽く水に濡らしてしまっても、歯磨き粉を捨てて最初からやり直す必要はありません。
水がポタポタ落ちるほど濡れているなら、軽く水を切る。そのうえで適量の歯磨剤をつければよいでしょう。

乾いたまま → そのままでOK
軽く濡れた → 失敗ではない
びしょびしょ → 軽く水を切ればOK
このくらいに考えておくと、毎日の歯磨きが必要以上に難しくなりません。
実は「最初の一滴」より、歯磨き粉の量の方が重要です
フッ化物を虫歯予防に活かすという意味では、「歯ブラシを濡らしたかどうか」よりも、もっと具体的に研究されているポイントがあります。
その一つが、歯磨剤の使用量です。
Ishizukaらが2020年に報告した研究では、フッ化物配合歯磨剤を使った複数のブラッシング条件を比較し、ブラッシング後の歯と歯の間にどれだけフッ化物が保持されるかを調べています。
その結果、歯磨剤の量を1cmから2cmへ増やすと、ブラッシング後60分間の歯間部フッ化物保持を示す指標が47.2%増加しました。
つまり、「歯ブラシを濡らしてしまった」と細かく心配している一方で、歯磨剤をほんの少量しかつけていないなら、そちらも見直したいということです。
現在の4学会合同推奨では、6歳以上から成人・高齢者まで、1400〜1500ppmFのフッ化物配合歯磨剤を1.5〜2cm程度使用する方法が示されています。
フッ化物を活かしたいのであれば、「水滴が何滴ついたか」だけではなく、何ppmの歯磨剤を、どのくらい使っているかも大切です。
「濡らした?」より、30秒で磨き終わっていませんか?
もう一つ重要なのが、ブラッシング時間です。
先ほどのIshizukaらの研究では、ブラッシング時間を1分から2分へ延ばすと、歯間部のフッ化物保持を示す指標が26.8%増加しました。
別の研究でも、120秒間磨いた場合は45秒間の場合より、エナメル質の再石灰化やフッ化物の取り込みが増えることが報告されています。
歯ブラシを濡らさないように気をつけていても、30秒ほどでサッと終わっているのであれば、そちらも見直したいところです。
もちろん、時間だけ長ければよいわけではありません。
歯垢を落とすには、歯と歯ぐきの境目、奥歯、前歯の裏側など、必要な場所へ毛先をきちんと届けることも重要です。
ブラッシング方法については、正しい歯磨きの方法は一つではない?45度・90度の使い分けと前歯の裏・奥歯の磨き方でも詳しく解説しています。
歯磨き前の水より「歯磨き後の水」の方が研究されています
今回のテーマで、ぜひ区別してほしいものがあります。
歯磨き前に歯ブラシを軽く濡らすことと、歯磨き後にコップの水で何度もすすぐことは、同じではありません。
後者については、フッ化物保持への影響が具体的に研究されています。
Ishizukaらの研究では、ブラッシング後のすすぎに使う水を20mLから10mLへ減らすと、歯間部のフッ化物保持を示す指標が41.2%増加しました。また、10mLですすぐ場合より、すすがない場合の方がフッ化物保持はさらに高くなりました。

歯磨き前の水
歯ブラシを軽く濡らす
↓
歯垢除去では58%対57%で有意差なし
↓
フッ化物の虫歯予防効果への直接的な臨床データは限定的
歯磨き後の水
何度も大量の水ですすぐ
↓
口の中に残るフッ化物量へ影響
↓
水量やすすぎ回数を調べた研究がある
磨いた後のすすぎについては、歯磨き後は何回すすぐ?1450ppmの歯磨き粉でも「何度もうがい」はもったいないで詳しく紹介しています。
「最初に歯ブラシを濡らしてしまった」と慌てるより、歯磨き粉の味が完全になくなるまで何度もブクブクうがいをしていないかを確認してみてください。
泡が多いほど「よく磨けている」とは限りません
「歯ブラシを濡らした方が歯磨き粉がよく泡立つから好き」という方もいると思います。
使用感として泡立ちを好むこと自体が悪いわけではありません。
ただし、泡がたくさん出たことと、歯垢がよく落ちたことは同じではありません。
歯垢は、歯ブラシの毛先を必要な歯面へ当てて、機械的に除去していきます。
泡で口の中がいっぱいになると「かなり磨いた」という感覚になりやすいのですが、奥歯の裏側や歯と歯の間まで毛先が届いたかどうかは別問題です。
また、歯磨剤に含まれる発泡剤や香味が刺激になる方もいます。口内炎や粘膜への刺激が気になる場合は、口内炎を繰り返す人へ|歯磨き粉の発泡剤(SLS)・香味を見直すポイントも参考にしてください。
電動歯ブラシも、先に水で濡らさなくていい?
電動歯ブラシでも基本的な考え方は同じです。
製品ごとに特別な使用方法が指定されている場合は説明書を優先しますが、一般的なフッ化物配合歯磨剤を使う際に、「必ず使用前に水で濡らさなければならない」という共通ルールがあるわけではありません。
それよりも、電動歯ブラシでは強く押しつけすぎたり、手用歯ブラシのように大きくゴシゴシ動かしたりせず、毛先を適切な場所へ当てることが重要です。
電動歯ブラシの圧・角度・動かし方については、電動歯ブラシの正しい使い方|歯ぐきを傷めない押しつけ方・当てる角度・動かし方で詳しく解説しています。
子どもの歯ブラシも乾いたままでいい?
子どもの場合も、「濡らすかどうか」以上に重要なのが、年齢に合ったフッ化物濃度と歯磨剤の使用量です。
4学会合同推奨では、
- 歯が生えてから2歳:900〜1000ppmFを米粒程度(1〜2mm程度)
- 3〜5歳:900〜1000ppmFをグリーンピース程度(約5mm)
- 6歳以上:1400〜1500ppmFを1.5〜2cm程度
とされています。
小さなお子さんでは歯磨剤を飲み込む可能性もあるため、「乾いているか濡れているか」だけに気を取られるのではなく、保護者が年齢に合った量を出すことが大切です。
子どもの歯ブラシを一度水で濡らしてしまったから危険、ということではありません。
うっかり濡らしたら、歯磨き粉をつけ直す?
基本的には、つけ直す必要はありません。
歯ブラシを水でサッと濡らしてしまった程度なら、そのまま磨いて構いません。
水滴がポタポタ落ちるほど濡れているなら、軽く振るなどして水を切ってから歯磨剤をつければよいでしょう。
すでに歯磨剤をつけたあとで、あえて水をかける必要もありません。
今回確認した研究からは、「軽く濡れた歯ブラシで磨いたらフッ化物歯磨剤を捨て、最初からやり直すべき」とする根拠は確認できません。
本当に優先したいのは「濃度・量・時間・すすぎ方」
フッ化物配合歯磨剤の効果に影響する条件については、さまざまな研究が行われています。
重要なのは、「歯ブラシを一度濡らしたか」という一点だけを完璧にすることではありません。
- 年齢に合ったフッ化物濃度を選ぶ
- 適切な量の歯磨剤を使う
- 就寝前を含めて1日2回磨く
- 短時間で終わらせない
- 磨いた後に大量の水で何度もすすがない
- 毛先を必要な場所へきちんと当てる
1450ppmFの歯磨剤とフッ素洗口の組み合わせについて知りたい方は、1450ppmの歯磨き粉を使っていてもフッ素洗口は必要?併用・タイミング・濃度もご覧ください。
まとめ|乾いたままで十分。でも濡らしたら失敗ではありません
歯ブラシを濡らしてから歯磨き粉をつけるべきか、乾いたまま使うべきか。
今回の研究を踏まえると、答えは次のように整理できます。
- 基本は、乾いた歯ブラシへそのままフッ化物配合歯磨剤をつければ十分
- 使用前に軽く濡らしても、歯垢除去が悪くなることは確認されていない
- 歯磨剤を大量の水で必要以上に薄める必要はない
- 濡らすかどうか以上に、フッ化物濃度・使用量・ブラッシング時間・磨いた後のすすぎ方を優先したい
乾いたブラシと事前に濡らしたブラシを比較した研究では、歯垢の減少率は58%対57%で有意差がありませんでした。ただし、これは歯磨剤を使わない単回ブラッシングの研究です。
一方、フッ化物配合歯磨剤を大きく水で希釈するとエナメル質への作用が不利になる可能性を示した基礎研究はあります。しかし、それをそのまま「歯ブラシを一度軽く濡らした場合」に当てはめることはできません。
ですから、「乾いたままで十分。でも、少し濡らしてしまっても歯磨き失敗ではない」くらいに考えてください。
メンテナンスでは、歯ブラシの種類だけでなく、普段使っている歯磨剤のフッ化物濃度、使用量、磨く時間、すすぎ方、毛先の当て方まで確認できます。
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「こんな小さなことを聞いていいのかな?」という歯磨きの疑問も、毎日のセルフケアを見直すきっかけになります。気になることがあれば、メンテナンスの際に歯科衛生士へ気軽に聞いてみてください。
参考文献
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- 日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科保存学会・日本老年歯科医学会.4学会合同のフッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法.2023.
